Reanのたわごと。

たわごとです。戯言。

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未来。

えー。
人の失恋話というのは、なんだかせつないんですよね~。
ヒトゴトながら気になったり、共感しちゃったり。

でも、やっぱり人生は続いていくものだから。
いつか、いつの日か。

そうやって生きていて欲しいのです。
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不良品の潜水艦

一度沈むとなかなか浮かび上がれない
不良品の潜水艦
あちこち軋む音を響かせながら
よたよたと今もスクリューを回している

広い広い  暗く蒼い海の中で
孤独にそれでも進み続ける
時々艦体をつつく魚達に
ささやかに慰められながら
いつか浮かび上がる日を目指して

海の底へと ひとつずつ涙を落としながら
また少し  水面へと近付いていく

きっと  きっといつか
あの鮮烈な  すべてを貫く太陽の光に
もう一度

ことば

言葉。
酸素と同じくらい誰もが意識しないで「使っている」物ではないでしょうか?

前回書いたクィネル。
クィネルにとって、あるいはクィネルの著作の日本人読者にとってこの上ない幸運であるのは、
ある一人の素晴らしい翻訳者のお陰です。
大熊栄。
氏の翻訳は神の領域に近いでしょう。
特に際立ってその真価が発揮されるのは「サン・カルロの対決」でした。
これは実験的作品で、ある三人がそれぞれ一人称で語りながら物語は進みます。
英語の一人称。皆さん後存知ですね、これは「I」しかありません。
大熊氏は翻訳時、人物の性格に合わせて一人称を「私」「俺」「本官」と使い分け、文体すら変え、
原作を原作以上のものとして見事なまでに成功して見せました。
(多くの名言がちりばめられた名作中の名作なのですが、体力を消耗する名作ですw)


最近まったく書いちゃおりませんが、ネットゲーム、特にMMOなんかやっておりますと、
言葉というものについて考える事があったりします。
Reanは元々チャット畑の出身なのでキータイプはそこそこ速い。
そんでもってこれがまた良く喋ります。リアルもネットも喋ります。
無駄話させたら天下一品です。多分ウザったいです(ダメジャン)。

でも、チャットやネットゲ、メール。そういった物を使っていればいる程思うこと。
人間は言葉以外のコミュニケーション手段を持っていないのに、
言葉というのはなんとまあ役に立たないものなのかなと。
面と向かって話せばジェスチャーや表情といった副手段もありますが、
そういったものを合わせて使った所で、言語がメインである事に変わりはない訳で。
しかも、どんなに言葉を尽くしても、結局自分が感じている事、思っている事、
伝えたい事なんて、どう頑張っても三割くらいしか伝えられてないんじゃないかなと。
そう考えると言語というのはとてつもない不良品ですね。
でも、そんな不良品をいかにして使いこなし、いかにして三割以上を伝えるか。
コレって結構、言葉の醍醐味のような。。。w
真実とは言葉にできないものだなんてよく言います。
その言葉にならない何かを、それでも伝える為に費やされる言葉達。
そんなダメダメな「言葉」というものが、Reanは結構好きなのですw

謎の男。

A.J.クイネル。
元々知っていた人は相当マニアですww

1980年、処女作「燃える男」を引っさげて全米で衝撃デビューを飾り、
その後も数作のとんでもない高レベルの著作を連発しました。
しかしながら、国籍、性別、職業などのプロフィールはまったく不明。
現在は本名や略歴も公表してるんですが、20年弱にわたり本性を隠し続け
そのくせ新人とは思えない作品のクオリティに、フレデリック=フォーサイスや
トム=クランシーの別名義じゃないの? なんて疑惑を呼びまくった人です。
まぁ、読めばそりゃ隠したくなる気分もわかるけどね、なんて思ったりw

これは父がそれはもう大絶賛して周り中に推薦しまくった本です。
私もいまだにこれは勧めます。
「燃える男」はデンゼル=ワシントン主演で「マイボディガード」として
ついに映画化されました。
見てないんですけど、あらすじは大体原作に沿っていない事もない感じ(ナンダソノ微妙表現w)。
この本は米国で出版されるや否や映画権が超高額取引され、すぐ映画化される予定だったのが
主人公クリーシィが演じられる役者が見つからず、あまりの原作ディテイルの緻密さに
ノックダウンされ、数回にわたって映画化を断念されたといういわくつきの本です。
(読めばわかるんですが、確かにコレは難しいと思います)

名作と呼ばれる本にはいろんな条件があるのでしょうが、Reanが個人的に思うのは、
文章そのものが映像的である事、が一つあると思っています、ええ勝手にw
読者の想像力がたとえ乏しかろうとも、あるレベル以上の情景、風景、
そういったものを想起させる事が出来る。
それは言語というものが持つ稀有なる能力であり、それを引き出す事が出来て
初めて言語は「生き物」となるのではないでしょうか。
そして当然、そんな名作であればある程映像化は難しくなる訳ですw

一応「燃える男」は、超ド派手アクションコマンドー小説、つー分類になるのですが、
素晴らしいのは、生きる事そのものに疲れ、「自殺する気になれないから生きているだけ」
だった一人の男が、喜びを見出し、悲しむ事を知り、愛する事を知り、
ついには自ら生きる事を選択していくその細やかな心象風景を、
驚く程単純な文で描き切っている事です。

なんとなく疲れた時。意味もなく欝な時。
飲んだくれ、やさぐれたクリーシィが淡い光のような何かを見出していく
その過程と、少女ピンタとの心温まるやり取りは心癒されます。
そして、それを失った時、正義なんて建前を無視して「落とし前をつけるんだ」と
堂々と宣言しつつ「復讐」を繰り広げる姿に正直羨望を感じながらも、
これでもかこれでもかと続くドカバキグシャ、なアクションに心躍ったりする訳ですw

調子が悪い時に手に取る取って置きの本。
そして映画を見た方にはより手にとって欲しい本であります。
(特に、映画観て幻滅した方には特別読んで頂きたいw)
読み終わったら、「Go, Creasy!」なんて呟いてみて下さい。
まだ、行ける。そんな気分になれるのって悪くないと思いませんか?
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