Reanのたわごと。

たわごとです。戯言。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

死者。

最近。
思い出す事がなくなった存在を思い出したのは
やはり、私の中のぶらんこ乗りが目を覚ましたからなのでしょう。

今まで公開というものをした事がありませんw
でも、なんでしょうね。こういうのもアリなのでしょうかw
私をどこかで見てあるのであろう、口の悪い顔だけ極上で、
その上夢ですら姿を見せようとしない獣は、
こんな私を見てどんな感想を漏らすのでしょう。
性格の悪い奴の事ですからけらけら笑いながら
ショットグラスでウィスキーをがぶ飲みしてるんでしょうか。
彼は私の家族であり、同胞であり、そしてReanという、
「私」の名付け親であります。


忘れられない想いというものは、さりげなくどこにでも転がっているものなのでしょう。

それがつたなくても言葉にできるのであれば。
多分私は幸運な人間なのでしょう。

こんなヘタレのblogを見てくださってる数奇者なそこの方。
たまに駄作にお付き合い下さいまし。
スポンサーサイト

再生の言葉。

祈るほどに強く、
願う程に迷いなく、
この岩を巡る

脈動。


いとおしかったのは、
その冷たさだった。


硬直した外殻。
補完される記憶。
再現する幻想は
そうであるからこそ
甘く
絶叫を誘う。


望んだのは終焉?
願ったのは永遠?


そんなものは
とっくにこの手の中にある。



再生の言葉は
刻まれているかい?



この岩を巡る
漆黒の絶望を
焼き尽すぬくもりを。

外殻を砕き
虚空の中で
あがき続ける灯を。


今でも君の名に求めるこの愚かさを
君は嘲笑ってくれていい。


呟くのは
深紅の咆哮
轟くのは
純白の残響


再生の言葉
君の名前

終わりすら拒む
絶対の呪文


幻でもいい
砕けた殻の向こうに
その眼差しを見出す事を
信じているから。

ぶらんこ乗り

最近すっかり読書日記の様相を呈してまいりましたw

今日は大掃除の前準備に部屋の一部をお片付け。
最近は仕事を土日だけにしてるせいで時間にゆとりができました。
(金はないけどな。。。。_| ̄|○)

そんな中なんとも懐かしい本を見つけて再読。
(こんな事ばっかりしてるから片付けが進まないwww)

ぶらんこ乗り」 

私はあまり人に本を薦めない性質です。本には相性のようなものがあって
自分にいい、と、人にいい、はなんか違う気がしたりして。
この本よかったよ、位の事しか言わない気がします。


人の死は肉体の死のみではない。
死者を覚えてる者が一人もいなくなった時、その人間は本当に死ぬのだ。

依然そんな感じの事を、読んだ事があります。それは多分真実なのでしょう。
私が読んできた中で、死を語って最も雄弁なのは個人的に読んだ中では
京極夏彦氏の「京極堂」シリーズでしょうか。
理を通し、葬式を初めとするシステムを暴き、人のそのおろかさを露呈させながら
なお蔑む事無く「それが人である」と認定して許容する。
そこにあるのは「理」を見通すからこそのいたわりであり、優しさなのでしょう。

ぶらんこ乗り。そこにあるのは、喪失を経た者の追憶と、癒しです。
「何故」なのか、という理由はそこにありません。ただむき出しの悲しみがあり、
喪失した存在への追憶がある。
読者は主人公である少女と共に、喪失した存在と共に在った時間と、
いくつかな複数の喪失へと至る道を辿ります。
その喪失は常に突然で、そこに理由はありません。
ただ厳然と、喪失と言う現実のみが否応なく立ち塞がるだけです。

誰かを、何かを失った時。言葉の慰めと言うのはとても空疎で時に腹立たしくもあります。
「お前に何が分かる」 と言い放つ事も。
私は今まで何冊かこの本を人に贈りました。いつか、癒しが見出される事を祈って。
初めて読んだ時、声を上げて泣いた、唯一の本なのです。

ぼんやり

最近どう言うわけかやたらと夜早く寝る癖が付いてしまいました。
いや、いい事なんだけれどもw
さすがに22時に眠くなってくるようだと、ネットゲームしてる身にとっては
「。。。汗」な感じ(どんなやねん。
そんなわけで寝落ちしてしまってはごそごそと朝起き出して、
寒い寒いとぼやいているわけです。

夏と冬。夏が好き!!! 寒いと血流が鈍って冬眠したくなります。

そんなわけで今日は実家の両親の年賀状作成。マッタリマッタリ。

最近仕事の行き帰りに、池宮彰一郎の『四十七人の刺客』を再読。
前も書いたかもしれませんが私は『島津奔る』にぞっこん惚れ込んでおりまして
一生手放すまいと思っている程なのですが、残念な事に盗作疑惑がからんで
現在絶版中。。悲しい事です。
(盗作元の司馬遼太郎氏の作品は申し訳ない、ウェットすぎて
私にはどうしても合わないのですけどね。。)
御自身に軍隊経験があり、全滅寸前の大隊(小隊じゃないですよ。。)の
数少ない生き残りでもあるとか。
同じく愛する作家である隆慶一郎氏(故人)も軍におられ、この方は恐ろしいまでに
反骨主義者で上官殴った事もあるとの事w すごい度胸ですね。
しかしながらこのお二人には共通点が多く、そろって脚本家上がりでありまして、
そのせいか流れる文体は簡潔にして映像的。
四十七人の刺客は映画化もされましたが、原作の方が映画よりもはるかに映像的であると言う、
なんとも言えない皮肉な部分もありました。(池宮氏自身なんと言うかかなりの毒舌家ですw)

年末とかに必ずどこかでやる忠臣蔵。
私にとってはチープでお定まりでなんと言うか、味気ない人情物でして。
なんつーかお涙頂戴なのが見え見えで見る気にならなかったのですが、でもこの本を読む度に、
大石内蔵助に言い知れない魅力を感じるのです。

人は必ず、歴史に爪痕すら残さずに死ぬもの。ならばいかに生き、いかに死ぬのか。
侍とはなんなのか。
『義士』でも『志士』でも、『浪士』ですらもない『刺客』達は、
最後、死ぬ為に生きる戦いに赴きます。
滅びの美学ではないその有様が好きなのは、やはり私がふけてるからなのでしょうw

さりげなく

微妙に精神死していますwwww
あー。更新とか、ちゃんとできる人うらやましい。
あれですね、きっと。
冬眠の予感w

明日は。。。

死んできます。もうね、マジで。
逝きそうです。多分逝けます。

。。。仕事なんてキライダーーーーーーー!
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。